よく考え抜かれたスペースは、エンゲージメントを生み、イノベーションを推進し、生産性を高めるための強力なツールです。では、最適化されたスペースとは一体どのような場所でしょうか? スペースの科学では、意図的なデザインにより「ただ働くための場所」が「開放的なエクスペリエンス」に変わる、その仕組みに迫ります。
テクノロジーの発展により、誰もが毎日、職場の決まったデスクで働くという従来の就労モデルは崩れてきています。代わりに、さまざまな種類のスペースを備えた職場が誕生しています。そこには、リビングルームのようなラウンジや、壁に自由に書き込めるブレインストーミング用のコラボレーションエリアから電話ブースまで揃っています。「仕事内容に応じた働き方」を始めてみませんか。
「仕事内容に応じた働き方」(ABW:Activity-based working)とは
「仕事内容に応じた働き方」は、業務内容の性質に応じて従業員がさまざまな設定から自分に合った環境を選択できる就労スタイルです。1 日を通して多様なワークスペースを利用できる「職場エクスペリエンス」と両輪です。これは、任務やタスクを達成するのにふさわしいスペースを与えられた場合、従業員の生産性はさらに高まる、という考え方です。考えてみてください。今日ではテレビ番組から食べ物、音楽、旅行に至るまで、すべてが「オンデマンド」です。ワークスペースもそうあるべきではありませんか?「働き方の未来」に向けて踏み出すには、ワークスペースは従業員のニーズに応じて自在に変化する有機体のようであるべきだと私たちは考えています。
「仕事内容に応じた働き方」を定義する 4 要素
「仕事内容に応じた働き方」は、単に職場にソファや電話ブースを置くだけではありません。「仕事内容に応じた働き方」が社内に根付くには、デザイン、感覚的な経験、行動の強化、繰り返しの学びの 4 要素が不可欠です。
- デザイン。「仕事内容に応じた働き方」を実践するワークスペースでは、一つ屋根の下に多様な種類のスペースがデザインされています。 デスクワークに没頭するスペースが必要ですか?静寂な仕事部屋のデスクで、誰でも必要なだけ、好きなだけ、集中できます。クライアントとの会議を主催するための 大会議室 が必要ですか?今すぐ予約しましょう。チームの仲間とランチミーティングがしたいですか?レストランスタイルのブースに集まりましょう。同僚と電話で話した方が早いですか?電話ブースへ直行しましょう。どんな仕事内容であろうと対応可能なスペースがあり、あなたの利用を待っています。
- 感覚的な経験。「仕事内容に応じた働き方」を実践するには、従業員が各スペースの明確な使用方法を無意識に理解できないとなりません。自分たちの業務を遂行するのに必要なのは、エネルギーに満ちたスペースなのか、静かなスペースなのか、従業員はどのスペースがふさわしいのかを瞬時にわかる必要があります。エネルギーに満ちたスペースの例として、WeWork のキッチンエリアを見てみましょう。近づくと、そこには淹れたてのコーヒーの匂いが漂い、スピーカーからは音楽が流れています。その場にいる人たちのエネルギーが充満しています。こうした要素があると、人々はその場に引き寄せられ、コーヒーを飲みながら同僚と雑談したくなります。一方、まったく逆のエネルギーもあります。WeWork ニューヨーク本社の書斎ルームではドアを開けた瞬間、静寂に包まれ、次のピッチ資料作成だろうと、デザインプロジェクトであろうと、仕事に集中できる落ち着いた空間を提供します。このように、さまざまな環境要素が独自の働きかけとなり、物理的なデザインと相まって作用し、それぞれ異なるスペースの活用法が感覚的にわかります。
- 行動の強化。「仕事内容に応じた働き方」を実現する最適なデザインと感覚的なしかけは揃いましたが、人々がスペースに期待できるものを認識できてこそ、スペースは最も有効に機能します。書斎ルームでは静かに、電話は電話ブースで、という具合に。個人の所持品を持ち込むので、他の人がスペースを使うことができます。チームメンバーもリーダーも、目の前の仕事に合ったスペースを使えると感じることができます。もしデスクから離れることをチームリーダーが快く思わなければ、どんなに無料のコーヒーが提供されても、チームがキッチンでミーティングするようにはならないでしょう。
- 繰り返しの学び。デザイン、行動、変化し続ける職場環境を念頭に、会社のトップが率先して考え方を変えて初めて、従業員に「仕事内容に応じた働き方」のような新しい就労スタイルが根付きます。リーダーが定性的および定量的データに基づいたフィードバックの仕組みを整え、内部調査結果をワークスペースの改善に役立てようとすることで、「仕事内容に応じた働き方」を実践するワークスペースが成功するのです。
「仕事内容に応じた働き方」の起源
「仕事内容に応じた働き方」はオンデマンドカルチャーと相性がよいですが、概念自体は新しいものではありません。この考え方を提唱したのは、アメリカ人建築家 Robert Luchetti です。1983 年、タイピングや会議の開催など、さまざまなオフィスワークの「仕事内容を設定する」という考え方を共同で提唱しました。この考え方は当時のアメリカでは浸透しませんでしたが、オーストラリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン のような国では広まっていきました。
「仕事内容に応じた働き方(activity-based working)」という用語は、オランダ人コンサルタントで Veldhoen + Co. の代表、Erik Veldhoen が著書『The Art of Working』の中で提唱した造語です。同氏の著作には 『The Demise of the Office』もあります。1990 年代、Velhoen + Co.は、オランダ最大の保険会社 の 1 つである Interpolis と提携し、社内全体で「仕事内容に応じた働き方」を実施しました。同社は従業員に対し、働き方の柔軟性と自由度を限りなく高め、その効果を実感してからは固定デスクを廃止し、従業員が完全な自律性をもつことを推進しました。すなわち、いつ、どこで、どのくらいの時間働くかをを選択できるように、マネージャーたちに要請したのです。
同社の新しいワークスペースがもたらす柔軟性は、社内文化に浸透していきます。従業員はタイムカードに打刻しなくてもよくなり、1 日中座り続けるか立ち続けるようなプレッシャーを感じることもなくなりました。「仕事さえきちんとやれば。」これが同社の信条です。
「今日、最も効果的な マネジメントスタイルは、指揮統制型ではなく、信頼と自律 に基づいています。そうであれば、物理的空間がそれを後押しすることもできれば、後退させることにもなります」と、私の同僚である WeWork の応用研究および文化 OS のシニアリード、Claire Rowell は述べています。「たとえば従業員が毎日、1 日中、1 ヶ所に座り続けるか、あるいは立ち続けるかを余儀なくされている場合、こんな風に思うかもしれません。『雇用主はいったい何に基づいて私を査定しているのだろう?オフィスにいる時間?それとも実際の業務パフォーマンス?』と。」
このような働き方は、従来の職場環境とは大きく異なります。「従来」とは、パーティションで仕切られた職場の場合もあれば、仕切りのないオープンスペースの場合もありますが、いずれにしても、「柔軟性に欠ける」ことを意味します。「従来のオフィスレイアウトは、もはや意味をなしません」と Rowell は言います。「いつ、どこで、どのように仕事をしたいのかを選べる権限を会社から与えられた時、従業員は最高のパフォーマンスを発揮します。」
企業の不動産担当役員のうち 45 %が、「仕事内容に応じた働き方」を実践できるスペースへの移行を考えているのはこのためです。従業員の効率性と将来的なデザインの柔軟性が考慮されているからです。(CBRE Americas Occupier Survey 2018 による)
従来型オフィスから「仕事内容に応じた働き方」への移行には、考え方の変化が必要
「仕事内容に応じた働き方」は、企業のリーダーに次のように問いかけています。「肩書や専門分野に関わらず、働く人々は何を求めているのだろうか?」リーダーは従業員を信頼し、彼らが必要とする限り適切なスペースを使えるように権限を与える必要があります。そこに到達するには、多くの企業で社内文化の変化が必要となるでしょう。
「最大の障壁は、慣れ親しんできた伝統的な労働文化からの脱却です」と AECOM の SVP 兼グローバル不動産リードである Luigi Sciabarrasi 氏は言います。AECOM は、政府、企業、および組織に対し、インフラ資産の設計、構築、資金調達、運用などの助言を行う多国籍企業です。
新しいワークスタイルを全員に浸透させ、柔軟な職場環境にするには、教育、IT 投資、および従業員のインプットを融合させなければなりません。AECOM は、プロジェクトの事前調査を行い、従業員がどのように働いているかを探り、改善に必要なツール、足りていないツールを見つけ出すなど、継続的に従業員の声に耳を傾け、職場環境を改善しています。
考え方と空間デザインを一緒に変える
「仕事内容に応じた働き方」にシフトするには、考え方を変えることが重要です。そのため、職場の変化を担う責任は、そこで働く人々にあります。とはいえ、未来の職場の成功は、働く人とスペースのバランスがカギとなるため、両者が 一緒に 発展していくのだと理解することが重要です。スペースを固定された変わらないものと捉えるのではなく、柔軟で機敏、ニーズに合わせて変えられるものだと捉えるところにビジネス機会が訪れます。
この考え方は、不動産の新しい未来にも呼応しています。「3 年以上先の従業員数を計画することはほとんどないのに、なぜ従来通りの 15 年リースを選ぶのでしょう?」とWeWork グローバル不動産アドバイザリーの責任者である John Lewis は問いかけます。「アジリティを取り入れることで、WeWork は旧来モデルを崩そうとしています。私たちは、不動産を固定資産ではなく、流動資産として捉えているのです。」
これまでは、従来型の不動産に多くの選択肢があり、新しいワークスペースの設計や建設、ロジスティクスなどのフロントエンドに重点が置かれていました。一旦、企業が契約書に署名して入居すると、従来モデルでは、どんな変更があっても(リース期間だろうと、スペース自体のデザインだろうと)実施するのは容易ではありません。スペースのデザインと機能性がどれだけ従業員に影響を及ぼすものなのか、それがわかるのが、入居して落ち着いた 後 だというのは、皮肉なことです。従来モデルでは、通常業務を妨げずに完全なデザイン変更を成し遂げるまで、10 年以上かかることもあります。
不動産 と デザインの両方で予め変更を想定し、それをうまく活用できれば、企業のワークスペースに対する捉え方を根本的に見直し、再構築することができます。言い換えれば、従業員にとって、より「人」を中心した職場になっていくと同時に、会社にも収益をもたらすようになります。それは両者にとって、幸せなことです。
「働き方の未来」は柔軟で、そこを使う人が主役です
「仕事内容に応じた働き方」は、正しく実践されれば、従業員と雇用者が共に効率性と生産性を向上させ、必要に応じて変化させられる柔軟な働き方を示します。人材のグローバル化、流動化はかつてないほど進み、職場もそうした傾向に順応し、成長していくことが重要です。
「仕事内容に応じた働き方」は、WeWork にとっても刺激的な機会です。空間、デザイン、研究を融合させ、世界中の職場において、そこで働く人々にとって本当に不可欠なものは何か。それを突き止めるために、私たちは努力し続けています。すべての人に、よりよい働き方を。それが WeWork の責務だと捉えています。
Corinne Murray は、WeWork の ABW および組織変革のエキスパート。同僚や顧客にとって、より大きな可能性とよりよい職場エクスペリエンスを引き出すために、新しいコンセプトを開発、検証しています。宗教哲学に造詣の深い Corinne は、空間、デザイン、人、文化がどのように関連し合うのかを理解し、その関係性を発展させることに尽力しています。WeWork に入社する前は、Gensler 、アメリカンエキスプレス および CBRE で、人とシステムの変革の提唱に携わっていました。